フジファブリック・志村正彦・富士吉田 × 私の脳内万華鏡

フジファブリックの20周年

先ほど、NHKで放送されたヒトものがたりを見ました。

志村正彦さんと同世代の人にフォーカスすることによって、その世代を浮き彫りにした番組内容でした。

フジファブリックがまだ富士フジファブリックだった頃の初代メンバーにスポットライトが当てられたのが嬉しかったです。

また私には志村くんと同い年と二つ年下の娘がいるし、その世代とは深い関わりがあるので、番組の内容はとても身近なものに感じられました。



昨年はフジファブリックのデビュー15周年の年であり、また志村正彦没後10年ということで、様々な企画を通して盛り上がった一年でした。

そして今年は、結成20周年なんですよね。

デビューからの作品が素晴らしいことは言うまでもないですが、デビュー以前のインディーズ時代の作品は私にとって欠かせないですし、そう思っているファンの方も大変多いのではないでしょうか。

私はフジファブリックを知ってまだ数年なので、デビュー当時はおろかインディーズ時代はリアルではなく、当時を語れるものを何も持ってはいない立場ではありますが、フジファブリックはデビューからスポットを当てるより、結成からの方がしっくりきます。

更に今日の番組で少しだけ映された高校時代の志村くんのステージ、持ってるものがあるなぁって思いましたし、そうした歴史全てがフジファブリックのように感じます。

簡単に音楽的センスや音楽的技術云々で語り切れないものがありますよね。

その語り切れない何かに心を打たれた人たちがいて(私もその中の一人ですが)、志村くんの、そして志村くんと共に音楽を作ってきた仲間たちから発せられた音楽を大切に聞いているんでしょうね。

インディーズ時代の映像作品とか出ないかなぁ。

出していただきたいものです。切に。

志村正彦さん10回目の命日に寄せて④

多くのファンがそうであるように、フジファブリックを知って以来、12月24日は私にとってもクリスマスイブという日以上に特別な意味を持つ日になりました。

 

そして今年の24日は更に特別な思いが重なりました。

 

2019年、この一年は色々思うことがありました。

 

志村くんの身体がなくなって10年。

フジファブリックのデビュー15周年の年でもありました。

 

二つのアニバーサリーの年。

 

フジファブリックのオフィシャルサイトには『フジファブリック 志村正彦没後10年 2009年映像作品集 特設サイト』と、大阪城ホール公演に向けた『15周年SPECIAL SITE』が設けられました。

 

志村ファンにとっては、待ち望んでいた未発表のCHRONICLE TOUR映像とデビュー5周年ツアー映像の発売は本当に嬉しいものだったと思います。

(もちろん私もすごく嬉しかった)

 

大阪城ホール公演に向けてプロモーション活動が活発になり、フジファブリックはメディアの露出が増え、『若者のすべて』は何度も演奏されて、フジファブリックの代表曲として広まりました。

『若者のすべて』は、志村くんが2ndアルバムリリース後なかなか曲が書けなくて、苦しい思いをし続けた中で生まれた渾身の作であったにもかかわらず、志村くんが望んだシングルリリースは、季節を外した11月となり、セールスもオリコン30位と、当時は特に注目を浴びるものにはならなかったようです。(その前にリリースされたパッションフルーツは27位、最高順位は2007年1月リリースの蒼い鳥の9位 - - wiki参照)

 

そんな背景をちょっと知っていたから、報われてよかったね志村くん。偉人ほど時が経ってから認めらるものだよね。なんて思っていました。

 

また大阪城ホールでの公演はそのホールの規模から、フジファブリックの歴史の中でも最も高い階段を上らなければならないようなミッションであったとも言えるでしょうから、そのミッションを達成すべくメンバーもスタッフもプロモすごい頑張ってるなぁ!と思い、SOLD OUTを知ったときには、すごいなぁ、よかったなぁと、とても嬉しかったです。

 

そんな風に2019年はフジファブリックのニュースがたくさんあって、盛り上がりを感じて、よかったな、よかったね、と思うことはたくさんあったのですが、その反面、得も言えぬ寂しさを感じてしまってもいました。

 

この10年という節目を一区切りとして、志村くんの存在が遠い過去のもののような位置付けになっていってしまいそうな気がして。

いや、私の中ではなりませんよ。私の中では。

 

フジファブリックは稀有なバンドです。

個性が強くカリスマ性のあるフロントマンをなくしながら、10年経っても活動が衰えるどころか大きなミッションをクリアしてしまう。

フジファブリックというバンドが今もなお存在していてくれているおかげで、志村正彦という人が過去に埋もれてしまわないでいる。

志村くんがいなくなっても三人で素晴らしい曲たくさん作ってて、バンドとしての衰えを感じさせない。

フジファブリックは本当に驚きと感動のバンドです。心の底から素晴らしいバンドだと思います。

私にとって、それは紛れもない事実ですし、三人のフジファブリックも応援しています。

 

ただそれはそれとして、この二つのアニバーサリーが終わった先を想像すると、志村正彦が今年以上にクローズアップされるときはもう来ないんだろうなと、やたら侘しい気持ちになってしまっていたのでした。

 

メジャーでやっていくにはセールスは欠かせない、という大人の事情もありますよね。

それもすごくわかるのです。

事務所やレコード会社やスタッフやメンバーのそれぞれの集大成ですものね。

(変に深読みをしてしまう自分もいたり。)

 

そして何より今のフジファブリックは、前に進まなければならない。

15周年を成功させても終わりではないですからね。

志村正彦にフォーカスをしすぎて、今のフジファブリックの影が薄くなるのもおかしな話だし。

 

時は無常にすぎていく。

すべては変わり続ける。

それは仕方のないことです。

 

2019年は、私にとって時の流れというものをすごく思い知らされた年でした。

それを更にフジファブリックというバンドを通して実感させられたように思います。

 

そんなこんなで心がざわついた私の2019年は下吉田でチャイムを聴いて、ひとまず幕が閉じられました。

 私は私の聴き方でフジファブリックを聴いていくだけ、ただそれだけのこと。

そして私は私の生き方で生きていくだけ、ただそれだけのこと。

 

 

ー つづく・かも -

志村正彦さん10回目の命日に寄せて⓷

フジファブリック志村正彦さんの10回目の命日である12月24日の二日後、26日に志村くんの故郷である富士吉田に夕方のチャイムを聴きに行ってきた話の続きです。

 

3年ほど前に志村くんの故郷である下吉田を訪ねて以来、すっかりこの町のファンにもなってしまった私たち母娘は、もうたびたび来てしまっていて、

ほとんど毎回立ち寄るのが、志村くんが子供の頃よく遊んでいたという小室浅間神社です。地元の方は「しもみやさん」とか「しもせんげん」と呼ぶらしいですが。

 

 

 

小さな東屋があったり、馬がいたり、とても気持ちの良い神社です。

そして、このあたりによくいる猫さんに会いたくて。

会えないときもあるんですけど、今回、会えました!

変わらず元気そうで良かった。

 

それから下吉田駅に向かい、カフェ「下吉田倶楽部」でチャイムまでの時間を待ちました。

下吉田倶楽部には志村くんコーナーがあって、山梨日日新聞の志村くんに関するかつての記事が置かれています。

以前はみうらうどんの掲示板にも志村くんの小さな記事が貼ってあったのすが、いつの間にかなくなってしまっていて。

今もなお志村くんコーナーを置いてくださっている下吉田倶楽部さんには本当にありがたく思います。

そしてですね、娘が志村くんコーナーから新聞記事をお借りして、テーブルでふたりで見ていたら突然かかっていた音楽がフジファブリックに!

 

♪振り返らずに歩いていったー そのとき僕は泣きそうになってし~まぁったよー♪

 

って、こっちが泣きそうになってしまったよ。

必死で涙こらえたら鼻水が・・・ですよ。

 

普段よく聞いている歌声ですが、志村くんの故郷で、そして広い店内で聴くその声は特別な響きに感じましたね。不思議なものです。

LIVEでの感動を味わえない代わりにこうした感動を届けてくださった下吉田倶楽部の方には本当に感謝です。

 

お店の方にお礼を伝えて、チャイムを聴きに外へ出ました。

 

毎回、チャイムをどこで聴くのかを考えるのも楽しみの一つです。

娘と相談して、今回は下吉田駅のホームに決めました。

入場券を購入したら

 

f:id:desertrose2001:20191228184311j:plain

 

紙の切符でした! 嬉しい!

 

夏のチャイムは夕方6時ですが、まだ空は明るく、『若者のすべて』がぴったり。

そして冬のチャイムは夕方5時ですが、すでに空は闇が迫り『茜色の夕日』が殊更胸に響きます。

 

娘録画バージョンをどうぞ

 

 


2019.12.26富士吉田市防災チャイム「茜色の夕日」

 

 私にとって三年目のチャイム。

いつのまにか一年の締めくくり行事になりました。

今年も良い締めくくりをさせていただけました。

毎年チャイムを流し続けてくださっている富士吉田市の職員の方には、深く深く感謝申し上げます。

 

ー つづく -

志村正彦さん10回目の命日に寄せて②

フジファブリック志村正彦さんの10回目の命日である12月24日の二日後、26日に志村くんの故郷である富士吉田に夕方のチャイムを聴きに行ってきました。

 

 

到着したのはちょうどお昼頃で、お腹が空いてしまった私と娘が真っ先に向かったのは、志村くんゆかりの店『M2』

 

 

 

 

初めて行ったときからすっかりお気に入りになってしまい、もう何度目か忘れてしまうくらい通わせていただいているお店です。

お店の雰囲気もいいし、お料理も美味しいし、メニューに載っている食事を端から全部食べたいと思いながら、私はいつも迷った挙句『エビスパドリア』を頼んでしまう。

エビマカロニグラタンのマカロニが細めのスパゲッティになったもので、とても美味しい。

 

娘はその日のサービスランチになっていた『焼きカレードリア』を注文。

カレーの上にホワイトソースが重ねてあるドリアで、ソーセージとブロッコリーが添えられていました。

こちらも美味しかったです。

 

私たちの後から別々に入って来たふたりの女性は、志村くんのお気に入りだったと伝えられる『大根スパゲッティ』を注文されていたから、志村くんのファンなのかな?と思いました。

 

そしてお花を買ってお寺へ。

 

墓前にはたくさんの花と、笑ってしまうくらいたくさんのコーラが供えられていました。

それと今回は訪れたファンがメッセージを書き込めるように『志村正彦ノート』と表紙に書かれたノートが置いてありました。

ファンのお参りをこのように受け入れてくださっていただけるのは、本当にありがたいですね。

私も一筆添えさせていただきましたが、緊張してしまったせいか、いきなり書き間違いをしてしまい、そういうのやってしまいがちな自分であるのはよくわかっているけど、何もこういう時にやらかさなくてもと、ショック極まりなかったです。

でも、志村くんもよくMCで噛んでたみたいだからいいか(笑)

 

私たちがお参りしているときにも、ファンらしき女性の姿がチラッと見えました。

 

 

その後、娘が探してくれた味噌蔵へ。

 

 

 

 富士山駅の近く、御師町お休み処(富士吉田市観光インフォメーションセンター)の隣です。

http://www.news-cs.jp/satelliteworld/wazaari/maruko/marukomiso.html

 

「マルコウ」って響き、なんか聞いた気がとよく考えたら、フジファブリックゆかりの店「スズコウ」に響きが似てるというだけでした。何の関連もなかった(笑)

 

でもまたきっと買いに来ます。

 

 

ー つづく -

志村正彦さん10回目の命日に寄せて①

フジファブリック志村正彦さんの10回目の命日である12月24日が過ぎ、昨日26日に、志村くんの故郷である富士吉田市に行ってきました。

 

実は今月富士吉田へ行くのは2回目。

13日に、NHK甲府放送局の「ヤマナシクエスト 若者のすべて~フジファブリック志村正彦がのこしたもの~」を見るために夕方から娘が車を走らせてくれて。

下吉田のコミュニティセンターには入浴施設があって、私たち母娘はたびたびお世話になっています。

www.city.fujiyoshida.yamanashi.jp

 

ここのお座敷広間には大きなTVがあるので、見られるのではないかと。

 

志村くんゆかりの店、M2という案もあったのですが、TVのある席が空いているとは限らないし、それでなくても満席で入れないときもあるし、見れる可能性の高い富楽時(フラット)に行ってみることにしました。

 

この日は私も娘も仕事で、タイミングよく仕事終えられたらね、ということで。

 

奇跡的に二人とも予想を上回る早い時間に仕事が片付き、娘の運転で中央道を走り富士吉田へ。

高速降りてスーパーオギノに行ってお弁当を買って富楽時に向かい、ちょうど時間があったから急ぎ目でお風呂に入って(キリッとしたお湯でとても気持ちいいんです)、

 

普段TV見ないし、NHK甲府放送局とかよくわからないしで、富楽時の方に訳を話してチャンネルを確認させていただいて(親切にご対応くださってありがとうございます!)

下吉田の方はとても気さくで親切な方が本当に多くて、このときも富楽時の方とそこにいらっしゃった方たちで志村くんの話が交わされたりして(ほとんどの方、志村くんのこと知らなかったですけど)、そんなこんながとても嬉しかったです。

 

志村くんの地元のスーパーでお弁当を買って、地元のコミュニティセンターでそのお弁当を食べながら志村くんの放送を見てるって、とても不思議な気分でもあり、至福でもありました。

 

12月に入ってから休日が1日もなかったので、このひとときを過ごさせてもらったおかげで、そのあとに残された2日間の仕事を乗り切れることができました。

 

 

放送の内容については、年明け1月23日24:00~NHK BS1「にっぽんぐるり」での再放送を控えているので、今は触れないでおきますね。

 

 

ー つづく -

富士吉田市夕方のチャイム『茜色の夕日』2019.12.26

フジファブリック志村正彦さんの10回目の命日である12月24日が過ぎ、昨日26日に、志村くんの故郷である富士吉田に夕方のチャイムを聴きに行ってきました。

 

 


富士吉田市夕方のチャイム『茜色の夕日』2019.12.26 下吉田駅構内

 

 

ひとまず、チャイムの動画アップします。

あとは後程。

 

 

 

真っ最中の時間に

今日はフジファブリック大阪城ホールのライブ、ちょうど今、真っ最中の時間ですね。

想像しただけでドキドキしてしまいます。

二日前くらいからドキドキしてるんですけど(笑)

 

行きたかったですねー。

 

7月6日のふじさんホールも行けなかった。

今年はフジファブリックにとって、とても大きな年であり、私は私で個人的にとても大切な一年で、とにかく脇目を振らずに頑張らねばという年で、せっかくはじめたこのブログもちっとも更新出来ずな日々。

 

でも、いいんです。

 

どちらも ふじさんホールも大阪城ホールもSOLD OUTでおめでたい。

観たい人がこんなにいるなんて、嬉しいです。

私の分は、どこぞのどなかたが楽しんで感動してもらえるのなら、もうそれでいいと思います。

それがいい。

 

 

大阪城ホールはキャパがすごいので、正直、発表されたときは、どもくらい埋まるのか心配でした。

でも、早々にSOLD OUTになって、ちょっとびっくり。

間近になってチケット残っていたら買おうかと思っていたりもいたもので、うっすら寂しい気も。

でも、「やったねー!、すごいねー!」って、すごく嬉しかった。

今年のフジファブリック頑張ってましたもんねー。(ずっとずーっと頑張り続けてきたけどね)

スタッフの方とかも、それはもう一丸になって頑張っているんだろうなぁって思えました。

 

本当に本当におめでとうございます。

 

私は行けなかった代わりに、FABLIST 2 (初回限定生産版) を本日受け取りました。

今頑張っている自分と、今のフジファブリックへのお祝い気持ちで。

 

 

今朝方、夢に志村くんが出てきました。

たぶん夢に志村くんが出てきたのは初めて。

夢の中で、私が関係しているイベントに志村くんがギターを担いでやってきた。

普通に知り合いのように言葉を交わして、

「今日、ライブだね!」と私が言うと、志村くんは黙ってて

私は心の中で、「あっ、ステージに立つことできないんだったね。あちらの世界の住人だから。」って思った夢。

 

起きた時、ちょっと切なくなりました。

 

でも、それはもしかしたら、ライブに行けない私の心が反映されたのかもねって思って。

 

あぁ、そろそろ終演の時間が近付いてきました。

アンコールの頃でしょうか。

アンコール、何演るのかなぁ。気になりますね。

泣きますよね、その場にいたら絶対泣きます。初めから泣く、きっと。

終わっても泣く。

 

今日はつい、思い余ってつらつらと書いてしまいました。

 

 

また書きます。いつかわからないけど。

思うことがたくさんたくさんあります。

言わなくてもいいこと、言いたい。