フジファブリック・志村正彦・富士吉田 × 私の脳内万華鏡

今回のまとめ(夕方5時のチャイム「茜色の夕日」を聴きに富士吉田へ⑧)

早いもので、もう明後日から2021年が始まる。

 

2019年はフジファブリックのデビュー15周年で、発売されるものもメディアへの露出も多く、お祭りな一年だった。

 

秋には総君念願の大阪城ホール公演を果たした。

 

15周年が今年でなくて本当によかったと思う。

 

ただ、今年はフジファブリック結成20周年の年でした。

 何かないのかなぁ?と淡い期待を抱いていましたら、

 

志村正彦フロントマン時代のアルバム4作品のアナログ盤再プレスリリースが密かにされることを娘から知った。

 

<FUJIFABRIC ON VINYL>フジファブリック4作品のアナログ盤が再プレス|ジャパニーズポップス

 

2020年12月23日発売予定となっていましたが、延びて1月27日発売になりました。

娘が予約をしてくれたので、聴くのが楽しみです。

 

 

私が初めてフジファブリックを知ったのは、志村君が他界して6年ちょっとの頃だった。

インターネットの世界では『フジファブリック』とググれば、志村正彦時代のフジファブリックの記事や動画がたくさんあったから、リアルタイムで志村くんが他界したことを知る経験のない私にとっては、志村正彦時代のフジファブリックは私の今としてあった。

 

それから5年が経った。

 

フジファブリックデビュー15周年と志村君の10周年だった2019年。これを境に志村正彦という存在が世の中からふっと遠くへ行ってしまうような、そんな喪失感に似た感覚をたびたび持ってしまった。

 

アニバーサリーという行事でフジファブリックの、そして志村正彦という名前や姿や音楽に触れられる機会が多く、それを喜ぶ一方で、消えていってしまった記事に気付くこともあり、複雑な気持ちの一年でもあった。

 

今年2020年は世の中が思いもよらないことで今まで経験したことのない一年となり、落ち着かない一年となってしまった。

 

それでも富士吉田では変わらずに夏には若者のすべての、冬には茜色の夕日のチャイムが流され、そのことは本当に心の支えになった。

 

時代の流れとともに様々なことが変わっていくのは当たり前のことだけど、変わらずにあり続けてほしいと願うものがその中にある。

 

富士吉田で夕方のチャイムを聴くときはいつも特別な気持ちになるのだけれど、今回の茜色の夕日のチャイムには個人的にいつもと違う意味合いが加わって、チャイムを流していただけたことが嬉しく本当にありがたかった。

 

富士吉田市役所さん、本当にありがとうございました。

 

そしてこのような自己満足的なブログを読んでくださった方もありがとうございます。

また長らく更新が止まったり、また立て続けに更新したり、ブログをどのように続けられるか全くわかりませんが、2021年も変わらず志村君がいた頃のフジファブリックを聴き続けることだけは確かだと思います。

 

 

 

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2017年のチャイム 志村君の母校・下吉田第一小学校にて

 

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